シンガポールにおける日本酒を筆頭とした「日本産酒類」の市場調査

最終更新日

国税庁が行っている「海外主要国における日本産酒類の市場調査」で、シンガポールに向けた日本産酒類の輸出拡大について提言がまとめられています。東南アジア各国の中でもトップクラスの経済水準を誇り、成長を継続しているシンガポールは市場としても魅力的ですが、実際にどのような提言が示されているのかを見ていきます。

参考:国税庁「海外主要国における日本産酒類の市場調査」- 日本産酒類 輸出戦略 –
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/yushutsu/chosa/pdf/r03.pdf

「海外主要国における日本産酒類の市場調査」の目的と概要

この調査の目的は、日本産酒類の輸出拡大に役立つ戦略を構築することです。単なる調査では終わらせず、結果として得られた事実をベースに日本産酒類の潜在的需要を詳らかにし、需要取り込みに向けた仮説の提言を行うところがゴールとなります。

提言する仮説も、アイデアベースではなく、調査による事実に基づいた、より具体的なものを目指しています。現時点では規模が大きいとは言えない日本産酒類の市場という現状を踏まえ、調査対象となる市場を広げます。具体的には、既存の日本産酒類市場に加え、酒類全般の市場を調査対象としています。ここで想定した日本産酒類は、日本酒です。

調査は消費者サイドだけでなく、流通や販売側についても行っています。双方向からのアプローチを様々な角度から組み合わせることで、課題抽出や戦略案検討など、より実効的なアウトプットを得ることを目標としています。

シンガポールの市場調査

2000年には400万人ほどであったシンガポールの人口は、2020年には約569万人と1.4倍も増加をしています。ただし、2011年以降は人口増加の割合は緩やかになり、2000年から2010年までは年間平均2.3%の伸びであったのに対し、2011年以降は1.1%と安定しています。

シンガポールの「家計消費全体に占める酒類消費の割合(2010年~2020年)」を見ると、絶対額は年によりバラつきはありますが、概ね上昇傾向ととらえることができます。支出割合は0.53%から0.61%の間にすべて収まっており、確実に一定の水準で消費があると見受けられます。

国民の飲酒率の調査については「過去1年間の酒類の飲料を購入したことがあるか」という質問を行い、飲酒率を推計しています。調査対象となった18歳以上の飲酒人口は41%で、うち男性が46%、女性が35%と男性が高めになっています。

酒類の消費動向

シンガポールでの酒類の市場規模は、どのように推移しているでしょうか。小売りや飲食店といったあらゆる販売チャネルを含む販売量ベースで見たときに、2010年以降は順調に伸びていました。しかし、コロナ禍となった2020年には大きな落ち込みを見せます。ただし、この落ち込みは17%もの下落を見せたビールの販売不振が主因であり、他の酒類には売り上げの低下は見られません。

年間1人あたりの酒類消費量は、1.8リットルから1.94リットルの間と、安定的に推移しています(※コロナ禍の2020年は除く)。それらを踏まえ、シンガポールにおける酒類の総消費量に影響する要因は、人口の増減と推測することが可能です。

2020年に大きく落ち込んだ酒類の消費量ですが、影響を大きく受けたのは飲食店で提供するスタイルでした。小売店での販売は堅調で、2010年から2019年まで購入比率に占める割合は37%程度で推移していましたが、2020年には47%まで伸びています。

低価格帯にシフトするビール、高価格化する輸入ワイン

赤道直下に位置するシンガポールでは、ビールが好んで飲まれます。市場規模の調査からも見えてきますが、ビールの消費量は、他の酒類に比較しても群を抜いて多くなっています。

輸入のラガービールに着目し、その輸入量の推移を見ると、2010年から2019年にかけて、ラガービールの輸入量は平均4.3%という高いペースで増加しています。2020年には前年比-16.3%と大きな減少を見せますが、落ち込んだのは高価格帯および中価格帯のラガービールであり、低価格帯のラガービールの輸入は引き続きプラスとなっています。

このように、小売りにおけるビールの価格は低下している一方で、輸入ワインは種類によらず高価格化が見られます。

EC市場は今後に期待

酒類の小売りでの購入は、約90%がコンビニエンスストアやスーパーマーケット等の店舗販売です。まだシェアとしては小さいものの、ECによる酒類販売も近年成長を見せています。

ECでは、ワインの販売比率が高いのが特徴です。近年シンガポールには多くの越境ECサイトが進出しており、その多くで日本酒や焼酎、ウイスキーといった日本産の酒類を扱っています。

低価格帯飲食チェーン店への浸透はこれから

飲食店については、フードサービス業界の売り上げトップ15社のうち、酒類を取り扱っているのは4社です。日本食レストランの数はレストラン全体の約4分の1を占め、2013年から年率+6%で推移しています。

日本食レストランであれば、日本産酒類の取り扱いにも期待できます。日本酒に関しては、独立系の店舗では取り揃えていることが多い一方、低価格のチェーン系での取り扱いはまだ進んでいません。

シンガポールで日本酒需要を伸ばすためには

シンガポールにおいて、アルコール消費の上位7品目は赤ワイン、ラガー・クラフトビール、カクテル、ウイスキー、シャンパン、ソジュが占めています。日本酒は「日本人のレストラン消費」よりはむしろ、自宅で現地の消費者により多く消費されています。人口の多くを占める中華系とマレー系の消費割合が、他の酒類と比較すると少ないことも特徴と言えるでしょう。

シンガポールにおける酒類市場は安定しており、消費の増加は人口の増加分とほぼ等しいと考えることができます。しかし、市場は成長してはいるものの、現在飲まれている酒類からの乗り換えを狙うことが、現実的な考え方と言えるでしょう。

その上で、日本酒への転換においてターゲットとしたのは、ソジュ、赤ワイン、カクテルの3種類です。ソジュは「健康志向層」を、赤ワインは「一人宅飲み層」「バランス型消費層」および「ステータス志向層」を、カクテルは「人付き合い飲酒層」「パーティ志向層」を主なターゲットと設定しました。

ソジュを好む「健康志向層」

ソジュは韓国の伝統酒のひとつで、日本では韓国焼酎と呼ばれることもあります。一般的なソジュは日本の焼酎に比較するとアルコール度数は控えめで、飲みやすさを特徴としています。

ソジュを好む「健康志向層」に対するアンケートで、日本酒を購入しない主な理由には、「日本酒の風味や香りが苦手である」「日本酒の味が強すぎる」の2点を挙げる人が目立ちました。

この層が日本酒を選択するためには、味や風味・香りに対する苦手意識を解消する必要があります。そのためには現地の人が飲みやすい日本酒を開発し、それを訴求していくことが求められます。

赤ワインを好む「一人宅飲み層」「バランス型消費層」

「一人宅飲み層」では「日本酒と合わせる最適な飲料がわからない」が他の層に比較すると突出して多く、回答の傾向を見ると日本酒への理解度も高いとは言えません。飲みやすい日本酒の開発と、日本酒に対するある種の誤解を解いていく活動が必要になりそうです。

「バランス型消費層」では「普段のお酒より高価であり、プレミアム感にも欠ける」「普段の料理とあわない」と考える人が多いという傾向が見られました。この地域の料理にあう、プレミアム感のある日本酒が必要ということを示しています。

赤ワインを好む「ステータス志向層」

同じ赤ワインを好む人たちであっても、「一人宅飲み層」や「バランス型消費層」とは全く違った傾向が「ステータス志向層」では示されました。日本酒の知識はあるものの、風味や香りを好まず、後味が悪いという答えが目立ち、日本酒に好印象を抱いていないことがわかります。

対策としては、「ステータス志向層」が好む日本酒の開発や、日本酒の質を統一的に評価し、表現できるフレームワークの構築が挙げられます。難易度は高いのですが、酒類への理解が深い層が日本酒を積極的に選ぶようになることの意義は大きいと言えるでしょう。

カクテルを好む「人付き合い飲酒層」「パーティ志向層」

「人付き合い飲酒層」「パーティ志向層」では、日本酒の味や香りを問題にする人は少数でした。飲み方や飲み合わせがわからない、保存料への不安が大きいといったあたりが日本酒を選択しない理由で、日本酒の知識は深くないと考えることができます。

日本酒に対しての抵抗が少ないこの層に対しては、日本酒について正しく理解してもらう必要があります。具体的には、飲食店での専門スタッフを通じて理解度を高める工夫が考えられます。

まとめ

シンガポールにおける日本産酒類の販売拡大を考えたとき、ここで示したような既存市場への切り込みは、決して簡単なことではありません。それでも、的確なニーズの把握に基づく対応策が提示されれば、それを実行に移すことで成功の可能性は高まります。

今回、日本酒についての分析を進めたことで、日本酒以外の日本産酒類の販売拡大についても、実効的なアプローチが見えつつあります。高品質な商品が多い日本産酒類は、シンガポール向けの輸出産品として存在感を増していくことも期待できそうです。

シェアする