アメリカ輸出が5割以上!高品質の日本産養殖ブリの高付加価値化とブランド戦略

日本の食文化を代表する魚の一つである「ブリ」。国内では冬の味覚として親しまれてきましたが、輸出産品としても大きな存在感を放っています。
特にアメリカ市場は、日本産養殖ブリ輸出の5割以上を占める最大の販路であり、健康志向や寿司・和食ブームを背景に成長を続けてきました。
一方で、「一極集中」のリスクや国際貿易摩擦、物流問題などがあるのも事実であり、課題と向き合う必要が出てきています。
本記事では、養殖ブリのアメリカ市場における成功の理由と現状を整理し、ブランド化による高付加価値戦略、さらには世界の市場多角化の可能性について説明します。
ブリがアメリカ市場で出世した理由と輸出状況
日本の養殖ブリがアメリカ市場で成功を収めた背景には、健康志向と寿司・和食ブームがあります。
ブリは脳の活性化に役立つDHA(ドコサヘキサエン酸)や、血流を促すEPA(エイコサペンタエン酸)といったオメガ3脂肪酸を豊富に含んでおり、この健康価値がアメリカの消費者のニーズと見事に合致しました。
アメリカでは寿司が非常に人気であり、ブリは寿司や刺身という形で消費されることが最も一般的ですが、カリフォルニアロールのようなフュージョン料理の一部としてもアメリカの食文化に溶け込んでいます。
別の理由は、品質の信頼性です。日本で生産されるブリは、生のまま安心して食べられる「Sushi-Grade(寿司品質)」として認知されています。
養殖されたブリは、温度管理や無菌状態での加工といった衛生管理に加え、急速冷凍システムなどを用いることで高い鮮度と品質を維持したまま、冷凍切り身の状態で輸出されています。
アメリカにおけるブリ/ブリ類(Yellowtail/Seriola Species)の需要は、2016年から2019年の間で年平均成長率3.2%で伸長しており、輸入量も同期間に年平均成長率10.8%で増加しています。輸入の中心は日本からであり、アメリカにとって最大の輸入元です。
※出典:米国輸出支援プラットフォーム 農林水産省「米国向け日本産ぶりの輸出に関するレポート」
また、2024年の日本産ブリの輸出額はアメリカが229億円、シェア率は全体の55%と報告されています。
※出典:農林水産省「米国の関税措置による農林水産物・食品の輸出への影響と政府の対応について」
タイムリーな貿易摩擦と「一極集中」のリスク
日本国内の生産者によるブリのアメリカへの輸出額や割合にはばらつきがあり、出荷額のうち8割がアメリカ向けという生産者もいます。
このようにアメリカという安定した市場を確保できている強みがある一方で、過度な依存が問題になることもあります。それを顕在化させたのが昨今の貿易摩擦、つまり「トランプ関税」です。
これまでアメリカに輸出されるブリに関税はかかりませんでしたが、2025年4月以降、いわゆる「相互関税」が課される事態となりました。日本は上乗せ分を含めて実質25%と通告され、交渉により最終的に15%に落ち着きました。
関税自体は生産者が直接支払うものではありませんが、販売価格に転嫁されるなど、生産者にとっては大きな負担です。
実際に関税の発動を見越して、アメリカの取引先から「早めに売ってほしい」との問い合わせが殺到し、前年の5割増しの注文を受けた企業もありました。しかし、在庫や保管場所の問題から、すべてに対応することは困難です。
このような事態は、一国への輸出に依存するビジネスモデルがいかに不安定であるかを物語っています。
政治的な判断一つでビジネス環境が激変するリスクを常に抱える「一極集中」からの脱却は、日本の養殖ブリ産業にとって喫緊の課題となっているのです。
高付加価値化を牽引する「ブランドブリ」戦略

貿易摩擦などのリスクに対応し、価格競争から脱却するために日本の生産者が力を入れているのが「ブランド戦略」による高付加価値化です。
「ブランドブリ」は、画一化された単なる食材としてではなく、産地や育て方、味わいにストーリーを持たせたブリを指します。そうすることで他国産との差別化を図り、高い価格でも選ばれる存在になることを目指しています。ここでは具体例を紹介しましょう。
鹿児島県長島町 東町漁協の「鰤王(ぶりおう)」
「鰤王」は、日本一の養殖ブリ産地として知られる東町漁協が誇るトップブランドです。
そのおいしさと安全性は国内外で高く評価されており、養殖魚としては日本で初めて、厳しい基準で知られる対EU輸出水産食品の取扱施設として認定されました。この実績は、日本の品質管理技術の高さを世界に示すことにつながりました。
※出典:東町漁協「鰤王」
愛媛県宇和島市 宇和島プロジェクトの「みかんブリ」
魚類養殖生産量日本一を誇る愛媛県で生まれた「みかんブリ」は、海外のバイヤーからも注目されているユニークなブランドブリです。
その名のとおり、愛媛特産のみかんの皮などを混ぜた餌を与えて育てられています。これにより魚の生臭さが抑えられ、ほのかに柑橘系の香りがするのが特徴です。
※出典:宇和島プロジェクト「みかんブリ」
現地と連携した緻密なプロモーション活動
ブランドの価値を正しく消費者に伝えるため、JETRO(日本貿易振興機構)やJFOODO(日本食品海外プロモーションセンター)などもプロモーション活動を展開しています。
その一つが、現地のレストランや有名シェフとのコラボです。2022年1~2月にニューヨークやカリフォルニアの有名シェフ10名と協力し、日本産ブリを使ったオリジナルレシピを開発。それぞれの店舗で限定メニューとして提供するキャンペーンが実施されました。
※出典:JETRO 海外ビジネス情報「日本産ブリ(ハマチ)の美味しさを米国有名シェフ10名のレシピで「Japan’s unique oceanic delight」として米国でキャンペーンを展開」
また、2025年2月にはアリゾナ州やニューメキシコ州で現地のレストラン47店舗と連携したプロモーションウィークが開催されました。参加したフレンチレストランのシェフからは「顧客の反応は良く、売り切れが続いている」「新規顧客獲得の機会」と好評を得ました。
※出典:JETRO 海外ビジネス情報「ジェトロ、米アリゾナ州とニューメキシコ州のレストランと連携、日本産ブリとハマチPR」
さらに、2024年にラスベガスで開催された高級食品の見本市「Winter Fancy Food Show」では、「みかんブリ」の調理デモンストレーションや試食会が行われました。現地では多くのバイヤーから「ユニークな風味で高品質」と高い評価を獲得し、「特別な食体験」としての価値の訴求につなげました。
※出典:JETRO 国際ビジネス情報番組「米国へ“みかんブリ”を売り込め! 輸出のカギは魚の差別化」
アメリカ以外の販路・市場拡大に向けて
アメリカ市場への一極集中リスクを解消するためには、新たな市場を開拓することが不可欠です。日本の養殖ブリ生産者たちは、次なる販路として欧州などに目を向けています。
次なるターゲット、欧州市場
鹿児島県長島町の東町漁協は、トランプ関税の問題が浮上した際に「アメリカ輸出が厳しくなるようであれば、EU・イギリスなどへの販路に力を入れたい」という計画を明らかにしており、すでに販路の多角化を視野に入れています。
※出典:MBC南日本放送「トランプ関税第2弾発動 養殖ブリ日本一・長島町の輸出への影響は?」
同漁協は2003年(平成15年)に、養殖魚としては日本で初めて対EU輸出施設の認定を受けており、実際に欧州市場への輸出も開始しています。
※出典:東町漁協「海外輸出」
海外の食文化に合わせた商品開発と調理法の提案
販路を拡大するためには、現地の食文化に合わせたアプローチも極めて重要です。日本ではブリといえば寿司や刺身が主流ですが、海外には生魚を食べる習慣がない地域も多くあります。
アメリカ市場での成功事例を見ると、寿司や刺身だけでなく、グリルやステーキ、ソテー、燻製といった加熱調理法でもブリが楽しまれるようになってきていることがわかります。
JETROのプロジェクトでは、「ブリの半焼きカルパッチョ」といった独創的なメニューが開発され、日本人以外の顧客層から高い支持を得ています。
寿司・刺身という枠にとらわれず、現地の食文化や好みに合わせたレシピや商品を提案することが新たな市場開拓のカギといえます。ミールキットのような、消費者が家庭で手軽に調理できる形での商品提供も有効な戦略となるでしょう。
まとめ

日本の養殖ブリは、その高い品質と世界的な和食ブーム、そして健康志向という追い風に乗り、アメリカ市場で大きな成功を収めました。
一方、その成功の裏ではアメリカ市場への「一極集中」が課題となっており、貿易摩擦や為替変動といった外部要因に左右されない新たな戦略が求められています。
日本の養殖ブリ産業が持つ世界トップレベルの技術と、変化に柔軟に対応する戦略的な視点こそが、今後のグローバル市場でのさらなる飛躍のカギを握っています。アメリカでの成功をもとに、日本のブリが世界中の食卓を彩る日はそう遠くないかもしれません。